共感できる喜び

「共感できる喜び」

文芸作品(小説、俳句、短歌、川柳など)というものは ようするに読み手の想像力や 読解力によって そのよしあしも大幅に変わってくるものではないのかしら? なんて思う。 引き合いに出して申し訳ないが うちの夫は、メチャクチャ文芸音痴だ あの誰もが絶賛した万能川柳大賞受賞句 「妹はたんぽぽ兄は荷物持ち」の その意味すらわからなかったような人だ。 彼は、私のよいと思うものにことごとく反応しない。 感動もしない。というか理解できないようだ。 想像力も読解力もいちじるしく乏しいように思われる。(ごめん) しかし先日そんな彼をとても感動させた句が登場した。 私も感動した。それは以下のような作品 今日もまた誰でもできる仕事終え なんかいいなあ。なんかいいなあ。 哀愁が漂ってきて、生きてゆくうえでのどうしようもない あきらめというか、せつなさというかそういうものが 伝わってくる。 自虐的なのに愛くるしくて、かなしくておかしくて ああ、すばらしい句だ。 ふたりで共感しあえて 盛りあがることが出来た。 めったにないことなのでうれしかった。 すみません。ただそれだけのこと。

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